2006年07月04日

ヒデよ!代表引退やろ?そうやろ?

おい!おい!

マジかよ!!

頼むから「代表引退」やって言うてくれ!!

まだやらなあかん仕事が残ってるやろ!


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中田英が現役引退 HPで「卒業」宣言
2006年 7月 3日 (月) 22:43


 サッカー日本代表の中心選手として活躍し、ワールドカップ(W杯)は開催中のドイツ大会まで3大会連続出場したMF中田英寿選手(29)=ボルトン=が3日、自身の公式ホームページ(HP)で現役引退を発表した。「日本代表の顔」だった選手が、30歳を前にした若さでピッチを去る。

中田選手はHPで「半年ほど前からこのドイツW杯を最後に約10年間過ごしたプロサッカー界から引退しようと決めていた。プロサッカーという旅から卒業」と明かし「子どものころに持っていたボールに対するみずみずしい感情は失われていった」と理由を説明した。同選手のマネジメント事務所も同日、引退を確認した。

また同選手は「今後、プロの選手としてピッチに立つことはないけれど、サッカーをやめることは絶対にないだろう」との意向も示した。そして、ファンや関係者に「最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。“ありがとう”」と結んだ。

中田選手は1次リーグで敗退したドイツW杯前に「W杯は今度が最後」と関係者に漏らしていたが、29歳の若さでの衝撃的な引退となった。

中田選手は山梨・韮崎高時代から注目を集め、1995年にJリーグの平塚(現湘南)入りした。97年5月の韓国戦で日本代表にデビューして以来、代表として通算77試合に出場。攻守の要となるポジションで日本のエースとなった。W杯では日本が初出場した98年フランス大会以降、2002年日韓大会、06年ドイツ大会の3大会で、日本が戦った計10試合にただ一人、全試合に出場した。

クラブでは98年から欧州に進出し、イタリア、イングランドのクラブチームでプレー。サッカーの本場で日本選手の評価を高め、「ヒデ」の愛称でも親しまれた。




中田ヒデ・・・最初に知ったのは残念ながらベルマーレに入団する直前だった。中学3年から国際大会に出ていたのでユースを含めたサッカー好きの中では有名選手だったのは確かだが、俺は不覚にも全く知らず、「高校生で12球団中11球団のJからオファーを受けているすごいヤツが山梨にいる」という報道で初めてその存在を知った。それからTVを含め、Jの時代から幾度となくそのプレーを見ているが、特に印象に残った事柄を挙げてみる。

・アトランタのブラジル戦の次のナイジリア戦での飛び出しのときめきとハンガリー戦での欠場のギャップ。(その後金子達人氏の28年目のハーフタイムで実情を知る)
・当時の清々しいインタビュー。
・ジョホールバルでの感動の立役者。
・その時のインタビューでの「代表は盛り上がったんでJリーグもお願いしますのコメント。
・セリエAデビュー戦のユベントス戦でのあわやハットトリックの活躍。
・ASローマでのスクデッド。


考えてみれば、彼がこの国のフットボールに与えた影響は計り知れないんだということを改めて思い出させる。

しかし、正直ピークが過ぎているのは確かだし、ブラジル戦の後のあの涙、ピッチでの様子も、てっきり「代表引退」を意識したものだとばかり思っていた。

それが・・・

現役引退とは・・・

非常に残念だ。

というのは彼にはもっともっとこの国のフットボールのためにやってもらわなければならないことが山ほどあると思うからだ。

それは何か?っていうと答えは一つだ。

全てのスポーツ好きが、いつでもどこでも誰とでもそれぞれ自分の好きなスポーツを楽しめる機会を享受することができる・・・そんな環境作りに貢献して欲しいのだ。

「百年構想」・・・それはJリーグが錦の御旗に掲げる「夢」だ。かなりマーケティング上のゲタは履かされてはいるが、その理念自体は素晴らしい物だ。スポーツを学校教育の場所(野球部・サッカー部とか)だけに委ねるのではなく、地域と行政と企業が一体となってそんな環境を作る・・・

具体的に言うと、たまたまサッカーが好きな人は、いつでも自分が住んでいる街のスポーツクラブに行って、老いも若きも、そして男女の違いさえも関係なく同じチームでボールが蹴れる環境、そしてその中で地域一体となった公共教育を自然と行っていく、つまり地域が子供を育て、子供が活気を与え、街の健全な発展に寄与する世界・・・もちろんバスケットでもバレーでも囲碁でも将棋でも構わない。そんな街作りに現実問題携われるのは彼しかいないと思うのだ。

具体的には是非
「湘南ベルマーレ」か「ヴァンフォーレ甲府」に入団し、日本中の一般市民を身近なサッカーの世界に取り込んで欲しい。湘南は彼のJでの故郷だし、甲府は彼の出身地だ。そしてその両クラブに中田は表から裏から様々なバックアップを現在でも続けている。なかなか実行できるものではない。更にJ2クラスで例えば山形や徳島、そして天皇杯で鳥取や熊本、青森などを渡り歩けば必ず観客は増える。そしてそれがこの国のサッカー人口の底を広げ、やがて世界に飛び出す「第2、第3のナカタ」が現れるのだ。スクデッドを取っても「故郷」の義理は忘れない・・・そんな彼だからこそ出来るのではないかとつい思ってしまうのだ。

J2で湘南を優勝に導きJ1昇格をさせ、今度はJFLのロッソ熊本あたりでJ1を目指す・・・50歳までは行けるはずだ。彼ならば・・・

無茶言うなよ!って言われそうだな(笑)
posted by ぼやきんぐ at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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